ワーママ、何のために働くのか
時々、とりとめもなくぼんやりと考えたりすることをなんとなくメモ書き。
子どもたちを自転車の前と後ろに乗せて、くだらないことでゲラゲラと大笑いしながら保育園に送った後、仕事モードに切り替えて、通勤電車に揺られながらふと思う。
(今朝は上の子が、「うっそ?うっそ〜!?かわうっそ〜!!」と言いながらずっと笑ってた…男子のツボが謎すぎて逆に笑える。。)
私は何のために働くのかな?
一度しかない人生だから、自分がやりたいことをやっておきたい!ってのが大きな理由だし。
家計的に、夫の収入だけでは厳しい現実もある。
でも。一番の理由はもしかしたら、こうやって日常の毎日を自分にとって心地よいバランスで過ごすためなのかな〜ってふと思ったりした。
上の子の育休の間に主婦だけやっていた時には、自分ばっかり我慢してる…って思うのが、積もり積もってモヤモヤの原因になって、日々を気持ちよく暮らせなかった。
今から思い返すと、力の欲求が満たされず、その矛先を子どもに向けてしまう…っていう自己嫌悪も加わっていたんだと思う。
我慢。我慢。
私の母は、「私が我慢すればいい」が口癖の人だった。ま、今もだけど。それは彼女が選んだスタイルだから、否定はしない。
私も祖母から、「どんな時も我慢しなあかんよ!!」と言い聞かせられて育てられた。自分の気持ちを優先するのは、我儘なのだと。そういう時代だったんだろうね。
でも。何か違う…って思ったんだろうな、私。
我慢って何だろう。
我慢と忍耐は違う。
人間関係をしなやかにする たったひとつのルール はじめての選択理論
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ー人間関係をしなやかにするたったひとつのルール より以下、引用ー
「我慢」の二文字を合わせると「われ、おこたる」という意味になります。
つまり、「我慢」は自分の願いを怠るという解釈ができます。
「忍耐」の二文字を合わせると「たえるをみとめる」という意味になります。
つまり、「忍耐」とは「やがて得る目標のために試練に耐えることを認める」という意味だと解釈できます。
ー引用終わりー
- 我慢は、自分の気持ちを押し込めて見ないフリをすること。
- 忍耐は、目的のための手段として自分自身で選ぶこと。
って感じ?
きっと同じ状況だったとしても、それを自分がどう認識しているかによって、どういう経路をたどってその状況を選んでいるかによって、違うんだろうな〜。
で、今。
まあ、毎日慌ただしい。
やりたい仕事はまだまだたくさんあるし、もっとクオリティを上げたいこともある。
家事は手を抜ける部分は抜いてるし、いい奥さんでもなければ、いいお母さんでもないと思う。目の前のことしかできなくて、つめが甘く、どこか抜けてる、私のまんまだ。
出来ないこともあるけれど。
もっと努力すれば、頑張ればよいのかもしれないけれど。
私は、それを選んでいないだけ。
それの優先度が私の中で高くないだけ。
優先したいのは、家族と過ごす毎日の生活で私自身が笑っていられること。
子どもと過ごすひとときの時間を味わうこと。
それは、もしかしたら人によっては、子どもの帰りを家で迎え入れることかもしれない。
手作りのおやつを作ってあげることかもしれない。
栄養のバランスがとれた美味しいごはんを作ってあげることかもしれない。
子どもの話をゆっくりきいてあげられる時間のゆとりをもつことかもしれない。
子どもの色々な可能性を伸ばすための習い事をたくさんさせてあげることかもしれない。
でも。
私の場合は、保育園のお迎えの帰り道に子どもの今日一日の話を聞いて、自分の今日一日を子どもに話すことだったり。
お風呂タイムに浴室の壁で子どもたちとお絵描き大会をすることだったり。
寝る前に、ぴったり頭を寄せ合って絵本を読み聞かせることだったり。
…そんなレベルのことだったりするんだけど。
どんな毎日を過ごしたいのかは、人の数だけスタイルがあったっていいんじゃないかな。
もしこの先、子どもの成長と環境の変化によって、この自分なりのワークライフバランスが崩れてしまったら、その時には何のために働くのかをもう一度考え直してみたいと思う。
働くために、働くのではなく。
働くのは、あくまで手段。
もちろん、キャリアを積み上げてきた人はまた別の意味があるのだろうけど。
私は私。色々なことに興味を持って、あれやこれやとやってみて。目の前のことを繋いでいったら、それがいつか何かの形になっていたらいいな。いや、形にならなくてもいいのかも。
目的は、日常を家族と笑って心地よく暮らすこと。あー、面白い人生だったわ〜と死ぬ時に思えるような日々を積み重ねていくこと。
そのための、家計の面と、私の力の欲求を満たす面で、会社で働くという手段をとっているだけ。(もちろん私の強みでもある、好奇心や向学心が仕事に活かせるのは楽しいし。)
迫り来る、「小一の壁」を前に、私が働く目的をもう一度考えておきたいと思う。
そんなことを思ったりした、日常の朝。